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ラッキョウの甘酢漬け  
 
サゴの曙とえんどう豆    
身近な河津桜を訪ねて  

 


SPRING
「サゴの曙」とえんどう豆


2004年4月13日(火)

浜松市新原の花づくりの名人U氏から「今年もツツジが満開になったので見においで」と電話をいただいた。

(クリックすると全ての写真が拡大されます)

 

毎年、春・秋のシーズンには庭の花々を楽しませてもらっているが今年も広い庭には春の花々が咲き乱れていた。

 

  道路を隔てた南側の畑は60a(1800坪)という広大なもので、全面真っ赤に燃えるような満開のツツジが果てし無く続いている。
これがU氏ご自慢のツツジ「サゴの曙(あけぼの)」である。
 
 

この花の特徴は早咲きで、4月になるとすぐ咲き始め、しかも二度咲きで10月にも咲くと言う。
10年ほど前に新品種として発表し、ご夫人さごさんの名前を付けて登録したものである。花づくりもここまでやればたいしたもので、つくづくご主人の情熱には感服させられる。

 
更に、「ツタンカーメンのえんどう豆」を見せてもらった。
ツツジ畑の一角に栽培されている。莢が褐色で異様だが花は綺麗なものである。


黄金のマスク
ツタンカーメン王はその墓が盗掘されなかった唯一のファラオである。
1922年イギリスの考古学者カーナ・B・カーター氏がツタンカーメン王陵を発掘した際、副葬品の中からそのえんどう豆が発見され、その種を持ち帰り栽培に成功。一部の種がアメリカに渡り栽培が続けられ、日本には昭和31年に持ち込まれたようである。したがってこのえんどう豆は当時のエジプトの食卓に並べられていたことになる。
尚、ツタンカーメンについては地球・先史文明研究家淺川先生のHPでエジプト考古学博物館Bを参照されたい。(リンク許可済)
帰りがけ、U氏が大事に保存してある原種を少し分けてくれた。「11月下旬に種を蒔けば来春の今頃には花が咲き実がなる」と言われ有難く頂くことにした。
更に、「ご飯と一緒に炊くと赤飯のようになる」と言われ、1年後が益々楽しみになった。
  その後7ヶ月程経った頃、密封し冷蔵庫に保存しておいた種を花壇と鉢に蒔いた。
 
やがて2005年を迎えた。厳しい寒さを乗り越えて春になり、やっと芽が出てきたのである。
  4月半ば、花が咲き始めた。なかなか綺麗な花である。  


待望の花が咲く


花が実となり始める


莢が膨らみ収穫も間近い
  5月初旬、いよいよ待ちに待った収穫の日を迎えた。  
褐色の莢の中には立派なえんどう豆が詰まっていた。
  早速その日の夕食は「豆ご飯」となった。はたして「20世紀最大の発見」がもたらせた古代エジプトの味とはどんなものであろうか?  
古代エジプトの人々とU氏に感謝しつつ頂くことにした。豆の量が少ないので思ったより赤みは薄いが、自己流和風「豆ご飯」の味は3400年前のロマンの香りが漂う格別なものであった。
 

次回栽培用の種(右写真)は少量であるが冷凍庫に保管しておくことにした。また、古種による赤飯づくりの挑戦も新米が獲れる秋まで待つことにした。

 
そして時は流れ半年後の2005年11月3日。いよいよ赤飯づくりの日を迎えた。もち米500g(3合)とえんどう豆(1合)の配合で初挑戦。・・ちょっと豆が多いかな?・・
 

一晩水に浸し、水切りをしたえんどう豆は2倍以上に膨れて柔らかくなっていた。更にこれを少量の水で沸騰させて豆汁を取る。蒸気炊飯器に入れたもち米の上にこの豆を乗せ強火で蒸すこと1時間。「赤子泣くとも蓋とるな!」の掟を破り、途中で赤い豆汁を振りかけ、更に30分間強火にかけた。

 
そして遂に赤飯の完成だ。贅沢なほど豆が多いがその分、色が着いたようだ。ワインで祝杯を挙げ胡麻塩をかけて早速頂く。豆の中身は緑色。癖が無くまろやかな味である。
 

古来日本に伝わるもち米と古代エジプトのえんどう豆とが融合した赤飯は素晴らしいハーモニーを演出してくれた。

2005年11月3日は1年がかりの夢が実現した記念すべき日となった。
終り

 



次へ(河津桜)

 

 

 

 

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